平成18年第1回定例会−02月21日-02号

◆二十四番(佐々木浩議員) 杉並自由無所属区議団を代表して質問いたします。
 施策の詳細については各委員会等で質疑する機会もありますので、ここでは包括的に、また、それぞれの基本的な理念についてのみ伺い、この予算案や描いている杉並の近未来図について問うてまいりたいと思います。
 まず、昨今の社会問題や事件に関連してお伺いいたします。
 編成方針では、耐震強度偽装問題を引き合いに、「これまで築き上げてきた制度の信頼性を一挙に失わせかねない」とあります。この事件において、本来は購入者側の自己責任の面もありますが、とはいえども、購入者側には意思決定のための専門的技量を持つはずもなく、そのため、公も絡んだ幾つかの安全装置があったはずであります。
 一つは、国家資格を持つ設計士、建築士が、法律やさまざまな基準を満たし、安全で良質であることを確保することであり、二つ目は、自治体や公的に認められた検査機関が設計書を確認し、安全に工事が行われているかチェックすることであります。そして三つ目は、住宅の品質確保の促進等に関する法律によって、もし何かあっても、建築主が十年間の瑕疵担保責任を負うことであります。今回は見事に二つの防御が崩れ去り、三つ目の責任も怪しい限りです。
 三つ目については住宅保証機構という制度があり、登録業者が倒産しても、修補費用の約九五%を保険でカバーするようですが、この加入や、また独自の保険契約などはあくまでも任意であるため、車の自賠責のように強制加入に切りかえたらどうかというような意見もあります。
 いずれにしても、現行制度にこのようなシステムエラーが生じるということは、制度そのものに不備があったと言わざるを得ません。
 国においても、国土交通省でワーキンググループを設置して、建築確認、審査のあり方を見直しているようでありますが、早速けさの新聞報道で、現行の住宅性能保証制度を若干手直しして、売り主に加入義務を課すようであります。
 今回は民間の確認機関がクローズアップされましたので、民間委託反対を唱える方々は、ほら見たことかと論じておりますが、少し筋違いであります。構造計算書偽装のうち四割余りが自治体の建築確認であり、この件をもって民間委託イコール悪というものではありません。むしろ構造計算に精通している人材が乏しいなど、自治体の審査体制の方が民間より貧弱であると指摘を受けております。
 このような中で、現在の建築確認制度を改めて自治体自らとして見直すことも必要と考えるが、区はどのように運用していくのか、お伺いいたします。
 民でできることは民でのかけ声のもと、民間委託は着々と進んでおりますが、それにより新しい市場が広がっているとも言えます。民間のシンクタンクによれば、指定管理者制度の導入により、約三十万以上の全国の公共施設が民間委託の対象となることで、約十兆五千億円の市場が形成されているという試算をはじき出しております。
 一方、今回の耐震強度偽装問題などを教訓にして、行政サービスの民間開放のあり方をいま一度考え直す契機ともなっています。官から民へは、官主主義からさらなる地域民主主義へのステップアップであり、むしろ民主主義の発展形であります。官と民の役割分担の重要部分として、現業を初めとした実務部門を可能な限り民に渡し、行政の役割として、むしろチェック機能を大幅に強化する必要があります。その考え方が、情報の開示を一層に進める、法令遵守義務の徹底ということでありますが、今回たまたま建築の分野が焦点となりましたが、健康、福祉、環境など、区政の多様な分野での区役所が果たすべきチェック機能を万全にする必要がありますが、どのように取り組むのか、お伺いいたします。
 ライブドアの場合は行き過ぎた拝金主義と言われておりますが、一方で、耐震偽装と同様、監視する役割の監査法人や証券取引委員会等が本当に機能していたのかどうかも問われております。また、ライブドアの手法が危ないと薄々知っていながら、さんざんもてはやしたマスコミや政界にも責任がないわけではありません。まるで子どものゲーム感覚のまま成長し、膨脹し続けた、それをきちんととがめる大人が身近に存在しなかったのだろうかと思います。
 これらに限らず、毎日のように起こっている異常な事件の数々は、社会構造の変化を象徴しているものだと思います。何でもかんでも疑ってかからなければならない、そんな警戒心が先行する後ろ向きの社会になってしまったのでしょうか。元気な声であいさつしましょうと、これまで教えてきたはずなのに、知らない人に声をかけられたら大声で逃げなさいという、子どもたちの登下校の様子がそれを如実に物語っています。これまで性善説で成り立っていた日本社会は、もはや欧米並みか、それ以上の性悪説社会に変貌していくのでしょうか。
 戦国時代に来日した宣教師フランシスコ・ザビエルは、日本人は今までに発見された民族の中で最もすぐれたものである、友誼を重んじ、その性は善良で、何よりも名誉を尊ぶ、彼らの大半は貧しいが、貧困は決して貴族にとっても平民にとっても不名誉なことではないと、あの群雄割拠の戦国の世にありながら、このような最上級の日本評をしております。彼のみならず、例えばルイス・フロイスにしても、歴史上のどの年代においても、外国からの来邦者は、日本民族の規律正しい道徳観を称賛しております。
 いろいろな場面で日本のよき価値観が崩れてきている状況を区長はどのようにお考えか、お伺いをいたします。
 また、この倫理観の崩壊について、区長は「広報すぎなみ」の新年あいさつで、治安の悪化の根本原因が日本社会全体の教育力の低下であり、教育力の回復が必要と書いています。これはたまたま治安を例にしておりますが、治安に限らず、あらゆる場面に共通していると思いますし、教育力とは、学校教育だけではない広い意味でありますが、行政として立ち入る範囲は一体どこまでかという課題はもちろんありますが、価値観崩壊の原因となっている教育力の低下についてどのように向上していくおつもりか、見解を問います。
 次に、少子高齢化社会についてお尋ねいたします。
 編成方針では、「行政運営のシステムも、人口減を前提としたものに大きく転換」とのことであります。少子高齢化は先進国共通の悩みの種であり、特に我が国では、政府の少子化社会白書で示されているように、統計上も超少子化として位置づけられるなど、予測以上の急ピッチさがうかがえます。国民の八割が少子化に危機感を抱いていると、時事通信社の世論調査の結果も出ております。
 ただ単に数だけの問題ではなく、予測されている国の生産力の急激な衰えの背景には、フリーター、ニートに象徴されるように、無気力で覇気のない若者が増加していることも重大事であります。
 よく引き合いに出されますが、かのローマ帝国の滅亡はパンとサーカスにあると言われました。繁栄を謳歌し、労働を忘れ、ただのパンにありつき、なおもサーカスに代表される娯楽や消費に明け暮れた結果、それまでローマを支えてきた市民の自立自助の勤労精神を失い、シロアリに内部を食われたように形骸化し、最後は周囲の蛮族によって滅ぼされたのです。第二次臨調会長の行革の鬼・土光敏夫さんが盛んにこれを引用し、だからこそ、日本人は勤労精神を失ってはいけないと、当時警告を込めておっしゃっていましたが、今の日本社会はまさにこの言葉にダブってしまい、雲上から土光さんの嘆きが聞こえてきそうです。
 逆に、団塊世代の地域デビューに代表されるように、元気なお年寄りが増え、これまでの地域が高齢者を支える社会から、高齢者が地域を支える社会にシフトしつつあることになります。こうしてみると、高齢者は弱者で若者が強者というのも、既に単なる固定観念にすぎず、もはや、これまでのように六十五歳以上を高齢者とし二十歳以上を成人と一律に定義するような行政運営は無理があります。さらに言えば、これからの福祉の概念すら変更を余儀なくされかねません。今後柔軟な考えで進める必要があると考えますが、いかがか、お伺いいたします。
 「高齢者対策に重点」から、加えて、「子育て支援策を積極的に進めていく」とのことでありますが、確かに本予算案でも、自治体としてでき得る子育て支援策の展開が見てとれます。
 他自治体においても少子化対策への施策の傾斜傾向はありますが、独創的な例としては、栃木県鹿沼市では、第三子以降のいる世帯の住民税を事実上無料化する給付金事業の導入を決めたり、さらに佐賀県では、介護保険の子育て版となる育児保険の試案をまとめるなど、さまざまな試行錯誤が見受けられます。
 杉並の特徴的な施策としてこのたび提案されている仮称杉並子育て応援券は、いわゆるバウチャー制度であります。年間百七十三万円と言われる子ども一人当たりの育児費用の軽減に加え、例えば保育園のように、区から直接的に子どもの支援を受けている層とそうでない層との不公平を是正することにも効果があります。バウチャー制度は、欧米では教育や職業訓練などで実績があり、国においても、文部科学省が教育バウチャー制度の活用について教育改革のための重点行動計画に示すなど、導入には積極的であり、この制度への期待が高い一方、ばらまきという批判を受けかねません。そこで、ちゃんと機能するかどうか、制度設計はどうなっているか、お伺いをいたします。
 子育て支援を単に予算額や子どもの数などといった量でとらえるのではなく、質も重要な課題であります。昨日の答弁でも少子化を前向きにとらえる発想がありましたが、なるほど数が少ないことを逆手にとって、その分、子どもによいサービスを提供できるかもしれません。特に幼児期の教育という点で関心が高まっています。実際に横浜の学校法人では、特区制度によって零歳から十二歳までの一貫教育を始めるなど、幼少期の子どもの潜在能力に着目する向きは大変多くなっております。
 学校教育とは別の観点から、就学前の子どもたちへの教育をどのようになすべきか考えなければなりません。人間形成の足がかりの時期にどんな思考をすべきか、それこそ多くの研究がなされてきておりますが、音楽の分野などは代表的なものではあります。最近注目をされている幼児期の漢字教育などは一つの試みかと思います。普通、言語は左脳で処理をされますが、言葉を図形の一種として直感的にイメージできる漢字は右脳に入ってきますので、目で見る言葉、漢字は右脳、左脳両方で処理されることから、漢字を与える最適期が幼児期にあると言われております。漢字は小学校からというのがこれまでの常識ですが、今後、杉並でも研究してみてはどうかと提案いたします。

○議長(富本卓議員) 佐々木議員の質問の途中ですが、ここで午後一時まで休憩いたします。
                午前十一時五十七分休憩
                     午後一時開議

○議長(富本卓議員) 休憩前に引き続き会議を開きます。
 杉並自由無所属区議団、佐々木浩議員の代表質問を続行いたします。
     〔二十四番(佐々木浩議員)登壇〕

◆二十四番(佐々木浩議員) 国の財政と三位一体改革についてお伺いいたします。
 日本の債務残高は昨年末で七百八十一兆円を超えており、GDPが五百五兆円ほどですから、公債残高のGDP比率は一五四%となり、アメリカで六五%、EC加盟国平均でも七〇%と比較すると、先進国の中では突出して深刻な状況となっております。
 予算を見ても、税収不足を国債発行で補い、その返済と利払いのために新たに借金をするという状況は、まさに自転車操業であります。日本は世界第二位の経済大国であり、国の資産は百二兆円、貯金などの個人金融資産は千四百兆円もあるから大丈夫という楽観論も一方ではあります。
 しかし、国債という借金がまともにできるうちは何とかなりますが、世界の格付機関が日本の国債格付を数年前まで最高位としていたものが、今や先進国中最低水準につけたことに象徴されるように、急速に国の信用力が低下しております。万が一債務不履行のような事態になったらどうなるのか。最近では一九九七年のロシアがそうでありましたが、物価が七十倍になるというハイパーインフレとなり、アルゼンチンでも同様の事態となったことは記憶に新しい限りです。
 そのような厳しい現実の中で小泉政権は構造改革を訴え、急速に施策を展開しておりますが、その柱の一つが三位一体改革であります。当然、地方への税源移譲と補助金の廃止を進める三位一体改革の方向性は正しいと思いますし、時機を逸せず進めなければならない重要課題であります。
 しかしながら、その内容は、地方に対して負担は重く、自由度は少ないものであります。九州では抗議の意を込めて全市が生活保護データの国への送信を中止するなど、荒っぽい事態も起きておりました。
 編成方針でも、改革の趣旨に反しており、全く容認できるものではないと述べており、我が杉並区としても看過できないほどのダメージが予想され、特に次期の十九年度にマイナス四十四億円の影響額が出るなど、厳しい状況であります。
 そうはいっても、一般国民からはただの予算の分捕り合いにしか映らず、また、総論賛成、各論反対と言われかねません。国から地方へのトップダウンの改革ではなく、むしろ地方自らがあるべき改革の姿を国に呈することも必要でないかと考えます。
 山田区長の見識からすれば、ただ単に我が杉並の損得だけの意見ではなく、立場を超えて、申し上げたような国の膨大な借金構造を踏まえた上で、あるべき改革の姿を国に提起することができると思いますが、いかがか、お伺いいたします。
 国も自治体も対等な立場であることから、国と地方の協議の場の法定化を提案しております。そもそも現在の国地方係争処理委員会が余りにも使えないことを、杉並では住基ネット訴訟など、現実的に痛感せざるを得ないところであります。しかし、今後も至るところで、いわゆる法律の解釈権をめぐって国と都と主張し合わなければならない場面に多々遭遇するはずであります。
 また、法律の弾力的な運用と称し、本来の法の趣旨を逸脱して役人が乱用することに注意を促さなければなりませんが、そういう意味では、杉並区でも役人の裁量で安易に変更できる要綱等に頼らず、可能な限り条例化すべきであると思います。区長は国会議員経験もありますので、国と地方の協議の場が設置された場合、ただの顔合わせやガス抜きにならない有効な場として機能させるにはどうすればよいか、何かお考えがあればお聞かせください。
 地方制度改革についてお伺いします。
 平成五年の第三次行革審の最終答申では、国は外交、安全保障を初め、国の存立にかかわる課題に、より重点的に取り組む体制を築く一方、地方の問題は住民の選択と責任のもとで地方自治体が主体的に取り組むようにする必要があるとあります。それから十二年、地方分権一括法など、地方自治への意識と議論は確かに高まり、第二十八次地方制度調査会の最終答申なども待たれるところであります。
 しかし、どうも小手先の議論が先行し過ぎているようで、改めて基本に立ち返ると、行革審の言葉のように、本来の国が主導すべき役割と地方の独自性に任せる施策を明確にしなければならないと考えますが、今後の地方自治制度についてどのようなイメージを持っているか、お伺いをいたします。
 都区制度改革についてお伺いいたします。
 都区制度改革協議についての都の理不尽な姿勢や、その結果、事実上の先送りとせざるを得なかったことについては大変遺憾であります。区長は記者会見では、頭を冷やして、平成十二年に立ち戻って解きほぐしていかなければならないと、意外にいつもより比較的冷静な様子でありましたが、確かに仕切り直しとなりました。
 今後思い切った政治的決着も必要かと考えますが、来年には都も区も首長の改選期を迎えることもあり、その動向次第では、大きく動き出すことも念頭に入れなければなりません。そうはいっても、当面は地道に都区共同で検討を進めなければなりませんが、どのような展望を持っているのか、お伺いいたします。
 簡素で効率的な区役所改革について伺います。
 小さな政府で質の高いサービスということであるならば、まさに職員は一騎当千、少数精鋭たらねばなりません。今や公務員も皆、自治体という組織の経営者であるという当事者意識なしにはいられないと、区長もある書にて言っております。区の業務の六〇%を民間委託する目標を掲げた以上、区役所の組織と人材の育成をすることが急務であると考えますが、区の取り組み状況はいかがか、お伺いいたします。
 スマートすぎなみ計画の中心をなすのが千人削減計画であります。総人件費の抑制をする方法として、都がやったように一律給与をカットするやり方と人員削減をするやり方があります。給与カットは即効性があり、人員削減はむしろ後年度への負担を膨大に軽くすることができます。当区は後者を選択しましたが、千人削減目標が着々と進む中、改めて振り返るとその財政効果はどうか、お伺いをいたします。
 国では、公共サービスの担い手を官民の競争入札で決めるいわゆる市場化テスト法案を用意しております。これを受けて総務省は、区市町村での住民票、印鑑登録証、納税証明書の交付などの窓口業務を具体例として挙げており、都では職業訓練などの分野で導入を検討しております。また、幾つかの自治体で、第三者による行政業務の民営化の可否を判断する事業仕分けなどを行っております。
 杉並版市場化提案制度は、これまでの区役所の仕事の下請発注のような供給側からの民間活力の利用から、区の事務事業を公表して民間事業者等の需要側の柔軟なアイデアを求め、プレゼンテーションしてもらうことであり、前者よりもさらに一歩進んだやり方であります。課題としては、なかなか民間ではわかりにくい約八百六十にも上る区役所の事務事業を正確に理解してもらわなければなりません。
 また、これまで内部で事務事業評価を行ってまいりましたが、今回のように完全にオープンな形で外部から提案してもらうことによって、改めて区、いわゆる公の責任と役割を考える大きな機会となり得ます。この市場化提案制度にはいろいろなアイデアが持ち込まれると考えますが、どのように進めていくつもりか、お伺いをいたします。
 教育改革についてお伺いいたします。
 二〇〇七年問題は教育界にも及び、ちょうど第二次ベビーブーム時に大量採用した教職員が大量退職をする時期を迎えることから、少子化で学校の統廃合が各地で行われているにもかかわらず、特に都心部を中心に教員の数が足らないという事態を招いています。かつては子どもたちのあこがれの職業であり、教員も教え育てることに心血を注いでいたころは、まさに聖職者でありました。それがいつの間にか教育労働者にすり変わり、子どもたちのためとまくら言葉をかざしながら、自分たちの地位の保全や主義主張を押しつける姿に、私自身、学生時代を振り返っても、こんな人に教えられたくないというような嫌悪感を持ち、当時は少々生意気ながら反発を繰り返していました。
 校内暴力、いじめ、最近の子どもにかかわる頻発する事件は、学校はもはや安全な場所ではなくなってしまったことを意味します。今や危険な職場の一つということになれば、教員志願者の足も遠のくことでしょうが、逆にこの時期であるからこそ、本当に教育を志す逸材が集まってくるのかもしれません。
 子ども時代に尊敬できる人と出会うことは、それは人生の大きな財産であります。師範館開設に当たっては、ぜひ尊敬できる大人をつくっていただきたいと願っております。内外から大きな期待があり、杉並の教育の理念に引き寄せられ、師範館にかくも多くの受験生が全国から参集してきているこの様子をどのようにとらえているのか、ご所見をお伺いいたします。
 「地域のために行動できる公共心を持った人間を愛情込めて育てていくことは、地方自治体に課せられた責務」とあります。たびたび申し上げておりますが、昔の日本社会のように相互扶助の地域社会ができれば、社会保障に莫大な公金を投入することも必要なくなり、そんなに税金は要らなくなります。温かい社会をと言いながら、役所に集中する他人のお金を少しでも引っ張ろうとする前に、まず自らが地域社会に何か貢献しようと考えたいものであります。公共心を持った人間教育を進めるためにも、他自治体で例を見ない教育基本条例こそ、教育立区杉並にふさわしいものであります。
 昨日も教育長は、自治基本条例に並ぶものと言っているように、まさに杉並教育の礎となるべく一大事業として、揺るぎないしっかりとしたものを打ち立てていかなければいけません。その進め方はどうなるのか、お伺いをいたします。
 安心・安全、元気、そして夢をはぐくむ杉並の創出と、たゆまぬ行革についてお伺いいたします。
 区長は、二期目最終年に当たり、これまでを振り返って、一期目は、区を自立した地方政府に一歩でも近づけることとし、また、土台づくりと表現しました。二期目は、地域社会の安全・安心の確保を柱に据えて施策を推進したとあります。記者会見でも、屋根はまだまだ、むしろこれから三期目以降になるかもしれないという表現でした。となれば今の杉並区は、住宅で言えば強固な土台と柱はあれど、屋根や外装はとりあえず仮設の状態であり、災害に至らずとも多少の強い雨風だと少々心配されます。変革期の杉並において、区政の大幅改築の責任者として期待と使命を背負った山田区長には、細かい内装までとは言わないものの、家づくり半世紀に耐え得るしっかりした杉並ハウスのせめて外壁くらいまでは責任を持ってほしいと思います。話題の耐震構造も完璧に、空き巣が入らないようにドアも窓も安全に、とはいっても、最長でも残り五年でありますから、今後きちんとした設計図面を描いて区政運営を進める必要があると考えますが、いかがか、お伺いいたします。
 十八年度の基本姿勢のうち、「区民サービスのさらなる向上」と行財政改革と並べてあります。微妙に反発し合うこの両者を同時に進行していくのは、自治体経営道の本質でありますが、いざ実行となると至難のわざであります。これまでの杉並は大変バランスよく来てはおりますが、ちょっとしたことで崩しかねませんので、注意しなければなりません。
 行政と住民とのバランス感覚も重要な課題であります。自治基本条例の趣旨にあるように、住民にも、サービスの受け手としての受動的な立場のみならず、責任を共に背負う能動者としての協働が重要な要素となります。
 協働というと、最近マッチングギフト制が注目されつつあります。六〇年代のアメリカ発祥のこの制度は、もともと企業の社会貢献の手法であり、今では日本の企業でも盛んに行われております。
 簡単に説明すれば、社員が社会貢献のためにする寄附と同額を会社が寄附するというのが基本であり、社員と会社が対等に共同で社会貢献をするという意味合いのようですが、さまざまなバリエーションがあるようです。
 転じて、自治体と住民の関係でも活用されており、神奈川県茅ヶ崎市では、設置した基金に住民からの寄附額と同額の上乗せをして補助金の財源にしております。さらにひねって、変化を加えて応用することも考えられます。
 例えば行革等により廃止、削減の方向が示されると、必ずといっていいほど反対、慎重論がありますが、ただ行政責任を求めるだけではなく、自分たちもこれだけのことをするから、責任とリスクを分担して一緒にやってほしいという提案ができるはずであります。
 現に長野県飯田市では、園児減少で廃園の対象となった保育園がありましたが、住民たちが寄附を集めて法人をつくり、行政の支援を受けながら、住民主体の民営保育園がことし四月より開園するとのことです。この事例は多少敗者復活のような意味合いを持ちますが、こういう前向きな姿勢に対してできるだけこたえるべきであります。役所も、方針を一度決めると途端に柔軟性がなくなり、門戸の開きがかたくなになる傾向はまだまだありますが、住民もただただ行政に負担を求めるだけではなくて、フィフティー・フィフティーに近い立場で、自ら責任を行政と共有することが自治のあるべき姿であり、そのような土壌をつくっていくためにも、役所も住民とともに課題を背負う努力を今以上にするべきであると考えますが、いかがか、お伺いをいたします。
 区財政についてお伺いいたします。
 国の地方分権二十一世紀ビジョン懇談会、いわゆる竹中懇談会などで自治体の破綻法制が議論されており、日本もアメリカの連邦倒産法並みの法律の制定の可能性が相当現実味を帯びてまいりました。無論、自治体は解散や清算をするわけにはいきませんから、現行の財政再建団体の制度より相当厳しい制限を課された上で再生を目指すことになると思われます。まさに自治体間の競争の本格化と、その結果の地域間格差が生まれることになります。
 また、懇談会では、財政破綻の責任を、首長のみならず、我々議員も債務返済の責務を負うべきとの厳しい意見すら出ており、ますますもって我々議会、議員の責任の重さを感じざるを得ません。財政改善にいち早く取り組んでいる杉並区は、相対的には良好な財政運営の部類ではありますが、しかし、これだけ内部で汗をかいて努力をしても、外的要因で一気に情勢はさま変わりします。
 例えばさきに申し上げたように、国の三位一体改革による影響や都の不誠実な対応による財調の不透明さなど、他団体に振り回されることがしばしばであります。学校など施設のインフラの建て替え需要に膨大なコストが見込まれ、さらに、社会保障費は、このままのペースでいくと二十年後は現在の倍になるとされ、仮に消費税で補おうと単純計算をすると、税率は約二四%になると試算されております。
 頼みの綱の税収も、団塊世代の退職が一回りすると、二〇一〇年には国ベースで十六兆円のGDPが損失することなども、地方において考慮せざるを得ません。今日の多少の税収増に安穏としていられる状況ではありません。これもいろいろな場でたびたび言っておりますが、自治体財政はもはや単年度や数年度単位ではなく、中長期の財務戦略が必要となっておりますが、どのように取り組んでいくのか、改めてお伺いいたします。
 「歩きながら、元気と文化が生まれる街。」についてお伺いいたします。
 最近目にとまった類似例として、福島県が進めている「歩いて暮らせるコンパクトなまちづくり」で、実際にパーク・アンド・ライド方式で、中心市街地への車の進入制限をしたり、まちの中の至るところで毎日イベントが開催されるなど、合い言葉だけではなく、実際の社会実験を進めるようであります。
 さて、我がまちでは、近くは科学と自然の散歩みちの整備や、季節によっては中杉通りもなかなかの趣があり、善福寺公園などを訪れると、確かにこのテーマへの思いは理解できますが、いかんせん、気持ちよく歩ける道は限られており、みどりは年々減少していっております。福島の事例のように、これまで以上に、区のみならず、さまざまな行政機関や地域の団体と連携、協力する必要があると考えますが、いかがか、お伺いいたします。
 また、地域自治構想については、さきの答弁でも、地区教育委員会など幾つかの実験的な試みをしながら様子を見ていきたいと、少し勢いがなくなってきたかの印象を受けます。確かに心配なことは、地域関係者と話をしていても、前述したばかりではありますが、あれもこれもと来るもので、大分負担感を持っているということであります。思いはあれど、笛吹けど踊らずになりかねないわけではありますが、現在の状況を踏まえて、自治の構想をどのように紡いでいこうと考えているのか、お伺いいたします。
 杉並の地域性や地域文化とは何だろうと、たびたび悩み込んでしまいます。越後の人は粘り強いとか、わかりやすい特性があればよいのですが、さてさて、杉並人というのはどんなものなんでしょう。都会の宿命ですが、さまざまな地域からの寄せ集めチャンポンであり、さらに、生まれも育ちもといった生粋の土着民、杉並を第二のふるさとにしている定住型新住民、一過性の流動民ありと、それぞれで地域意識の温度差があります。荻窪の新公会堂のオープンや高円寺の芸術会館構想、そして文化協会や基金の設立など、十八年度は杉並の地域文化再興の基点となりそうな雰囲気がありますが、大事なのは単発の盛り上がりに終わるのではなく、それを起爆剤としてまちづくりそのものを総合的に進めなければいけません。一体どのように考えていくつもりか、お伺いいたします。
 最後に、「白河の清きに魚もすみかねて もとのにごりの田沼恋しき」。これは教科書にも載っている有名な狂歌で、十八世紀末、江戸時代の松平定信の寛政の改革を皮肉るものであります。白河出身のお殿様のなさることは大層ご立派過ぎてついていけない、前の田沼の時代が懐かしいといったところでしょうか。定信は、前任者の田沼意次の時代の腐敗政治を立て直すために、倹約の徹底、農村の再建、飢饉のような非常事態への備えの充実を柱に、毅然とした政治改革を断行しました。危機的状況から立ち直った今の杉並改革と重なるところがありますが、しかし、人は弱いもので、一度ぬるま湯を経験してしまうと、理屈では正しいとわかってはいても、そうした厳しさに不平不満が内外から起こるものであります。寛政の改革の評価は後世の我々まで伝わってきていますように、平成の杉並改革も歴史の金字塔となることでありましょうが、好事魔多しという言葉もあります。思わぬ不平不満には十分気をつけ、中だるみなきように心がけていただきたいと思います。
 以上で質問を終わります。

○議長(富本卓議員) 理事者の答弁を求めます。
 区長。
     〔区長(山田 宏)登壇〕

◎区長(山田宏) 佐々木議員の代表質問にご答弁申し上げます。
 まず、今回の耐震強度偽装問題を受けた今後の対応ということですけれども、議員ご指摘のとおり、この確認制度そのものは、民間の確認会社もそして自治体の確認機関も、両方ミスっているわけです。要するに本質は官か民かという問題ではないと思っております。先ほどからもご答弁して、今もちょっと新聞の記事も見ていたんですけれども、保険制度の適用が検討されてきているということで、これは有効だなというふうに私は感じております。
 今後、法改正等が考えられておりますので、区としても信頼できる建築確認の制度というのがどうあったらいいのか、区も確認機関の一つですので、今後とも、当区として的確な対応を研究していきたいというふうに考えております。
 それから次に、市場化提案制度及び民間開放を進める際のチェック機能についてのお尋ねですけれども、これまで行政が担ってきた事業を民間にゆだねていく際には、区民生活の安全・安心というものを確保することが何よりも区として大事だと考えております。そういった点で、今後、市場化提案制度の検討を進める中で、区の仕事を民間開放していくということだけではなくて、区として安全・安心をどう担保していくかというようなことを並行して十分検討していきたいと考えております。いろいろなアイデアが多分民間から出てくると思うんですけれども、今の区の、さまざまな提案が実現された場合の評価とかチェックというものをきちっと確立した上で、市場化提案制度を進めていきたいというふうに考えております。
 それから、今の日本でいろいろなよき価値観が崩れているのではないかというご指摘についての所感はというご質問がございました。
 日本は敗戦後、確かに経済的には成長したわけですけれども、やはり敗戦による断絶、またアメリカの占領時代、こういったことを超えて、アメリカの占領政策なども含めて、大事なものが教育から抜け落ちた。一つは道徳の教育であり、一つは歴史の教育であり、一つは宗教にかかわる教育。この三つについてGHQ等が大幅に規制をした、また根絶やしにしたということが、日本人の心の中に過去との結びつきというものを、過去から現在があるんだという結びつきを断絶するきっかけになってしまったと私は考えております。そういったことなどでいびつに経済発展をし、そしてバブルを迎えて、人間の心が本当に病んでしまったというふうに思っております。
 現在、バブル崩壊から十五年ぐらいたってきておりますけれども、しかし、そのころの大騒ぎした習慣や考え方というものを抜け出すには、まだまだ少し時間がかかっているなという感じがしております。もう一度、国の根幹である教育というものから、政治のみならず、家庭から地域から始まって、やはり古きよきものにつきましても、もう一度見直していくという時期が到来しているのではないかというふうに私は考えております。
 それから、人口減少社会における福祉の進め方なんですけれども、ご指摘のように、高齢者が弱者で、そして働いている者が強者という考え方では、もう実態にも合わないし、制度も成り立たなくなってきているというふうに考えております。これからの時代というのは、全世代がぞれぞれの力や能力、意欲に応じて社会を支えていくということが非常に大事な時代になってきていると思います。
 そういった中でも、私は、年長者に対する敬意とか、また親に対しての孝行とか、こういったもののよさというものは、一方でどうやって大事にしていくかということは並行して、全世代で社会を支えると同時に、そういうものについてのモラルというか、そういうものをやらないと、社会全体がバランスあるものにならないというふうに考えております。ですから、全世代で支えると同時に、それは制度やお金の問題ですけれども、もう一方で心というものをどう吹き込んでいくかということは、当然皆で議論をしていかなければいけないというふうに考えておりまして、そういった中でいい福祉というものが生まれてくる。行政がやるか民間がやるか協働してやるかは別としても、いいものが出てくるんじゃないかなというふうに思っております。
 それから、仮称杉並子育て応援券についてのご質問がありましたけれども、これは、昨年十月に有識者、区民などから構成される検討会を設置し、現在は、三月に中間報告を取りまとめるべく、対象サービス、対象者などについて検討を重ねております。
 検討会においては、就学前の子どもを在宅で子育てしている家庭に対するサービスを中心に検討が進められておりますけれども、区としても、杉並子育て応援券の導入に際し、対象サービスについては、ひととき保育など区民の要望の高いものとしつつも、子育て支援という観点から、ご指摘いただいた点も踏まえて十分検討してまいります。
 それから、地方自らがあるべき改革の姿を国に提起することが必要だと思うがどうかということですけれども、私は、これまでの間も、国の今の検討方向は大体間違っていないと思っております。住民に身近なサービスは基礎的自治体へ、基礎的自治体がそれを担う能力が欠けているところは合併をして、そして能力を高める。と同時に、国がごちゃごちゃごちゃごちゃ地方の産業や交通問題に口を出すのではなくて、そういうものについては地方独自で広域的視点で決定ができ、それぞれの地域が切磋琢磨できるような道州制の導入というのは、私は、これから豊かな多様性を重んじる時代には不可欠の制度改革だというふうに考えております。
 そういった中で、この方向性自体はいいんですけれども、各論になりますと、今回の三位一体を見てもなかなかうまくいかないというようなことの中で、一方で地方独自で案を提示すると同時に、一方で、今の中で多少ぎりぎりのことも含めて地方で自分でやってしまうというような意識もやはり大事で、国からの改革を待つだけでなく、自分でやれることはどんどん、国から文句を言われることがあっても住民と一緒に考えて正しいと思うものはやっていくという、いわば抵抗心にも似た独立心というものがなければ、本当の自治というものは生まれてこないというふうに考えております。そういった考え方で提案しつつ、自分の力で、自力で見せていくということも大事だなと思います。
 また、国と地方の協議の場が設置された場合、その場を有効に機能させるためにどうしたらよいかということでしたけれども、この点については、ご指摘のとおり、昨年十二月に出された地方制度調査会の答申で、各省大臣と地方代表の協議の場を確保することを制度化すべきという提案がなされておりますけれども、これが形だけのものにならないためには、まず国が地方のいろいろな意見を聞いて、それがどう実行されたかされないかということを報告する義務を課さなきゃならない。その義務が果たされなければペナルティーがなければいけない。そういったことがないと、ただの話し合いの場になってしまうと考えておりまして、そういうような制度の運用がなされる必要があると思っております。
 次に、地方自治制度に関するお尋ねの中で、国が主導すべき役割、地方の独自性に任せる施策を明確にすべきということで、どのようなイメージを持っているかというのは、先ほどもご答弁申し上げました。道州制と基礎的自治体の強化ということが大事だと思いますし、また、その中で国の役割というのは、外交、安全保障、裁判制度、通貨、大きな経済政策、本当に限定されるというふうに考えております。残りはすべて道州に移譲するという方向で進めるべきだと思いますし、今後、そうは言ってもなかなかそこまで行きませんから、北海道の道州特区というのはおもしろいと思っているんですけれども、もっと、これまでの北海道に渡した補助金とかそういうものを、平均を掛ける十ぐらいして、十年間は文句を言わないからこれを北海道が自分で使って、空港でも何でもみんなで決めればつくって、そして、かなり国が決定権のあるようなことも北海道にやってもらったらどうかというふうに私は思います。そういったことをやってみて、道州制というもののいいところと問題点というものが明らかになってくると思いますし、何か中途半端な道州特区のような気がしますので、あれではだめだなという感じがしております。そこが一つの突破口になるんじゃないかと、大変期待もいたしております。
 また、都区制度改革について、今後都区共同で検討を進めていくんだが、どのような展望を持っているかということですが、これは生半可じゃないと思います。本当に協議が調うのかどうか、期限も明確になっておりませんし、この辺、今後都と区がどういうふうな交渉をしていくかということは、本当に予断を許さないなと思います。
 一つの節目というのは、やはり来年の知事選だと思いますね。こういうときでないとエンジンがかからない。だから、来年の知事選にこういう問題が大きな争点になるということが非常に重要だなというふうには思っております。そういったことを通じて協議会が、先ほど申し上げた基礎的自治体である区の責任と財源がきちっと確保されるように努力をしていかなきゃいけないと思います。
 最後の方にご質問がありましたように、現在のような状況を踏まえて、今後、杉並区としての自治構想をどうやっていくかということなんですけれども、まずは住民自治というか、地域の中での自治というもの、いろいろな実験をしてみる。その一つが地区教育委員会だと思いますが、地区教育委員会のみならず、子育てにしても何にしても、それぞれの地域の自治にそれぞれの地域が一番深く関心を持っているテーマで、ある程度権限を移譲して実行してもらうということを、北海道の道州特区みたいな形でやっていくことを区内でもやっていく必要があるなというふうに思います。
 同時に、一方で、都区の協議会の中でも合併問題等が議論されていきますから、区としても今後合併ということの可否また、よさ、問題点というものを広く検討しておくことも重要だなというふうに考えております。
 次に、区役所の組織と人材について、どう育成するかということなんですけれども、区役所というのはやはり行政の小売店ですから、今後、住民の声にいかに敏感に適切に反応していくかということが、これからの行政サービスを充実する上で極めて重要で、これまでのように国や都、また法令で決まっていることだけを着実にやるということだけでは、これからの自治時代を乗り切っていけないというふうに思います。
 そういった中で、区役所の職員としては、住民の声を踏まえながら、いいものを形にし、そしてまたそれを一緒に実行していくということが大事でして、そういうような人材を育成していくということが大事だと思いますし、また、そういった第一線職場重視の組織体制を区役所としてもつくっていくことが重要だと思います。
 と同時に、どういう人たちをどのように配置し、どういう給与体系にするかということなども含めて、今二十三区で共通にやっております人事委員会制度についても、私は、区独自で公平委員会などを持って独自採用し、独自的なことをやっていくということがこれから不可欠になるのではないかというふうに考えております。
 それから次に、職員千人削減の効果なんですけれども、職員定数は、スマートすぎなみ計画がスタートした平成十三年度から五カ年で、削減計画を大きく上回る五百四十八人を削減し、経常収支比率が平成十一年度の九四・一%から、十六年度には実質八二・八%まで大幅に改善するなど、行財政改革を着実に進めてまいりました。
 職員定数の削減の取り組みにより、平成十三年度から五カ年で約百四十億円の財政効果を生み出しておりまして、三百六十五日二十四時間サービスや教育改革など、実施計画事業である区の重要な課題や新規の取り組みにも、その財源を活用してまいりました。今後とも、昨年度改定したスマートすぎなみ計画における取り組みを着実に推進するとともに、それで得られた財源を、多様化する区民のニーズに適切に活用していきたいと考えております。
 それから、これからの区政で壁をつくりというお話がございました。これからの区の課題、いろいろとあろうかと思いますけれども、基本計画に立てました三本の柱、教育立区、生涯現役、二十四時間三百六十五日型の区役所サービスということにプラスして、この三年間、少子化、そして安全・安心の確保という五つの柱で、この三年間取り組んでまいりました。大方こういった柱で今後進めていくことが間違いないだろうと思っております。やはりこれからの区なり市は人づくりというものが、基本がそこにあり、もう一方で、みんなで地域をよくしていくという自治というものが確立していかなければ、少子化であり長寿化し、また人口減少していく中で、いろいろな保険だとか年金だとか社会制度が大きく変革していく中で地域の中を住みやすくしていくには、私は、多くの人たちが参加をし、みんなで支え合っていくという体制がなければ乗り切れないだろうと思います。
 そういった中で、人づくりに基本を置き、自治を進展させ、それをきちっと進められるような区役所というものをつくっていくということができてくれば、設計図はいろいろと変わっていくと思います。ですから、設計図はいろいろ変わっていくけれども、きちっとした設計士また大工さん、こういった人たちが育っていくんだろうというふうに考えております。
 そういったことが進んでいけば、杉並区もさらにいろいろな発想で、多くの人たちがいらっしゃいますから、いい区になっていくのではないかと期待をいたしております。
 それから、住民とともに行政を担う努力を役所もすべきではないかということですけれども、今お話し申し上げたように、豊かな社会というのは多様性を認める社会、いろいろな生き方に対応した行政サービスをしていくという時代に入ってきております。今までのように、中央でこういうサービスをしろと言って、それが受け入れられるのか、られないかは関係なく、そういうサービスを実行していくということは、豊かな時代のサービスではありません。
 そういった意味では、住民とともに行政を行うということは、多様な住民の生活に応じた行政サービスを実現していくということとイコールでございまして、そういった意味では、住民とともに行政を担う努力をするということは、これからの行政では、そうすべき、すべきでないということ以前に、そうしなければ行政は成り立たないという時代に入っております。
 と同時に、そういった共に課題を解決していくという姿勢こそ、効率的でいいサービスを実現し、また、責任感ある自治体をつくっていくということの原点でございまして、それが結果的に自治というものに結びついていくんだというふうに認識をしております。
 次に、中長期的な財務戦略についてですけれども、いろいろとこれまでも申し上げてきましたように、非常に不透明な要素がたくさんあり、正確に将来を予測することはなかなか困難です。そういった中で大事なことは、やはりきちっとした財政のダム、人のダムをつくって、いざというときにきちっと備えておくということが、私は中長期的には大事なことだと考えております。
 と同時に、安易に区債や区税の税率を上げたり、また国民の税金の税率を上げたりすることのないよう、国もそうなんですけれども、税率の上限を決めるべきだと思っておりまして、そういった一定の財政規範というか、そういうものを区においても確立する必要があるのではないかというふうに考えております。
 次に、「歩きながら、元気と文化が生まれる街。」についてお尋ねがございましたけれども、杉並区をどういうまちだということを言うのはなかなか難しいと思っておりますけれども、ただ、私たちはこういうまちなんだという、ほかの地域と違ってこういうまちなんだということは、それぞれ持っておられると思うんですけれども、それらを最大公約数的に言うと、歩きながら、つまり徒歩圏で元気と文化が生まれてきたまちというふうに言えるのではないか。こういったことを自己認識しながら、これから大事なものは何かと、区民と一緒に見定めながらまちづくりをしていきたいというふうに考えております。その際、当然ながら、区のみならずさまざまな行政機関、またNPO等を含めた地域の団体と連携、協力をしていくということは言うまでもないことだと考えております。
 それから、公会堂や高円寺会館などのオープンに合わせてまちづくりを総合的に進めていくべきだということですけれども、ほかの地域と違いまして、やはり杉並公会堂は大きな一つの伝統、役割を果たしてきた、そういった歴史的な仕事をしてきた施設だと思います。そういったものの名に恥じないように、根に根差した、これからの公会堂運営というものが杉並区の杉並文化というものを形づくっていく拠点になっていくんだと思いますし、高円寺にこれから新しく建設を予定しております芸術会館につきましても、やはり高円寺の特有の一つの文化、また杉並区の文化でもある。杉並区には非常に演劇人が多いと言われておりまして、そういった人たちの場であり、また、高円寺の阿波踊りなどを中心とした庶民の一つの文化というか、そういうものと連動していないと、突然何か芸術会館がその地域にできても、私はいいものにならないと思うんですけれども、公会堂にしろ芸術会館にしろ、そういう歴史やこれまでの文化に根差した施設でございまして、今後、そういったものをきちっと踏まえて、地域がいろいろな発信をしていくんじゃないか。また、それに合わせてハード、ソフト面でのまちづくりが総合的に進められていかなければならないというふうに考えております。
 以上でございます。残余のご質問につきましては、教育長よりご答弁申し上げます。

○議長(富本卓議員) 教育長。
     〔教育長(納冨善朗)登壇〕

◎教育長(納冨善朗) 教育委員会所管のご質問に答弁いたします。
 まず、価値観の崩壊に関連して、教育力をどのように向上していくかとのお尋ねがありましたが、しっかりとした倫理観を持ち、社会を担っていける人となりますように、豊かな人間性、社会性をはぐくみ、人を人として育てることが大切だと考えております。
 教育委員会では、こうした認識に基づきまして、健やかさ、しなやかさ、強さをあわせ持った、意欲と自信に支えられた信頼できる人、自分たちで自分のまちをつくる人、この力を育てることを目標に教育ビジョンを定めたところでございます。息の長い話でありますけれども、今後、幼児期からの教育を重視し、家庭、地域、学校が連携して、零歳から十五歳の教育をしっかりと進められるように最善を尽くしてまいります。
 次に、幼児期の漢字教育などの研究についてのお尋ねがございました。
 ご指摘にありましたように、幼児期におきましては、聴覚よりも視覚の方が知識を吸収する上で大きな役割を果たしている。また、人間の記憶力のピークが幼児期にあるということなどから、漢字を素材として幼児教育を行うことが効果的であるという見解があるということは承知をしております。
 現在、教育立区の課題の一つに就学前教育を取り上げておりますが、特に幼児期は、脳の発達段階に応じた適時適切な教育指導を行っていくことが重要でございますので、ご指摘の漢字教育の導入につきましても、今後研究してまいりたいと考えております。
 次に、杉並師範館に多くの応募があった理由についてのご質問がございました。
 出願書の記載内容ですとか受験生徒の面接から察しますと、教育は人なりを信条とし、真に教職を志す人を求めて創設された師範館の設立趣意や、人づくりの原点を見据えた建塾の理念、教師心得の内容などが全国に伝わって、多くの共鳴、賛同をいただくとともに、市区町村レベルでは全国初となる杉並独自の教師養成と採用の取り組みにつきまして強い関心をいただいた、その結果だと考えております。
 最後に、教育基本条例策定の進め方でございますが、現在、教育立区推進本部のもとに、学識経験者をアドバイザーとして加えた研究会を設けまして、課題整理を行っているところでございます。ご指摘のとおり、他に例のない取り組みでございますし、自治基本条例と並んで今後の区政運営等の基本となる条例でもございますので、十分な議論を行い、区民合意のもとで策定しなければならないと考えております。
 今後、引き続きどのような条例内容にするか研究会で十分検討いたしまして、その検討結果を踏まえて学識経験者、区民等で構成する懇談会を設置し、自由な意見交換のもと、幅広い視点からご論議をいただき、基本条例の骨子をご提言いただく予定でございます。その上で条例案を取りまとめ、議会にお諮りし、ご審議をいただくということを考えてございます。
 私から以上でございます。